こんにちは、手品店長です。
以前、人に依存できるのは自立している証拠…という内容の本を解説しました。
「依存」と似たような言葉に「執着」がありますが、この2つはどう違うのでしょうか。
依存が自立の助けになるとしたら、執着も自立の助けになるのでしょうか。
今日の例では、失恋した相手を忘れられず特定の人物に執着しているとします。
この場合、その執着心を持ったまま人は自立できるでしょうか?こんな角度から話をしてみます。
失恋した相手を忘れられず執着した状態で、人は自立できるか?
執着は自立の助けにならない
まず、依存(他者に「助けて!」と言える状態)は自立しているという前提で話をすると、
執着は自立の助けになりません。つまり、執着したままでは、人は自立できません。
これを理解するに、まずは依存と執着の違いを知る必要があります。
依存と執着の違い
依存と執着の違いについて、簡単に説明すると「外向き」か「内向き」かということになります。
詳しく見ていきましょう。
関係性の違い
- 依存:他の対象にも頼る可能性がある、対象が変わる場合がある。
- 執着:対象は変わらない、変わることなど考えられない。
持続性
- 依存:条件が変わると依存も解消されやすい。
- 特定の対象(人物)に固執し、それを手放せない。
感情の方向
- 依存:他者や外部の力を求める方向に感情が働く。
- 執着:自分の内部にあるものを手放したく無いという感情が強い。
まとめると、依存は比較的容易に対象が代わり、持続期間も短く、外向きの感情。
対して執着は対象が代わることはなく、持続期間は長期間で、内向きの感情です。
これを行動に言い換えると、依存はいつでも・誰でも・何でも選択することができます。
究極的には他者の力を借り、時には相手を変えながら、自分でやっていける状態を「自立」と言います。
対して執着はそこから動くことができません。特定の人物に固執し、その人でなければならないという考えに縛られています。「その人がいなければ何もできない状態」ですから、これは自立とは程遠い状態です。
私の話で恐縮ですが、「別れるくらいなら死にたい」は極端な執着の例です。
執着が自立を妨げる理由
感情のコントロールを他者に握られる
相手がこっちを向いているときや構ってくれるときは安心感や充実感を感じます。
会えなかったり、連絡がつかなかったりすると不安や不満を感じます。感情が他者にコントロールされた状態です。
タチの悪いことに、執着している状態で気分が良いときは、「他人が自分の思ったとおりに動く時」です。
健全な人間関係とは言えません。「あなたがいないとダメ」と執着しておきながら、「私の言うことを聞け」と言っている状態。こんな矛盾した人間関係はお互い苦しいだけなので、長く続きません。
自己認識の欠如
物事の価値判断の基準が「相手が一緒にいてくれるかどうか」になってしまいます。
こうなると、自分が本当は何がしたくて、何を望んでいるのか?が見えなくなります。
「あなたがいれば他に何もいらない」という状態ですが、冷静に考えてそんなはずないですよね。
やりたいこと、やらなければいけないこと、やるべきこと、色々あるはずです。
執着しているとそれが見えなくなります。自己認識ができなくなって、自分の心がわからなくなります。
視野が狭くなる
特定の相手しか見えていませんから、当然視野は狭くなります。
失恋直後で今は絶望の淵に立っているかもしれませんが、幸せは探せば意外とあるものです。
例えば、これを書いている今朝4時ごろの月はとても美しく見えました。私はそれを見て、とても幸せを感じました。
視野が狭いと、身の回りにいる人やチャンスを見落とします。
今は世界が灰色に見えるかもしれませんが、少しだけ視野を広げてみましょう。
実は、すぐ近くに助けてくれる人がいるかもしれません。新しい出会いだって見つかるかもしれませんよ。
お互いのバランスを崩す
一方が強く執着し相手がそうでもない場合、一方通行と言いますが、単純に「重い」ですよね。
私は別れたくない、でも相手はもう気持ちがない。そんな時に執着されても、困ってしまいます。
好きの反対は無関心と言いますが、無関心な相手に執着したって、何も良い事はありません。
例えば、恋人関係ではいられなくても、友人として近くにいるという選択肢もあり得ます。
しかし執着では「恋人であること」が焦点になるので、それ以外の可能性は排除されます。
するとどうなるか?「お別れするなら死にたいわ」が出来上がってしまうのです。
あなたが辛い思いをするだけです。そういうときに限って、相手はさっさと次の恋をしてしまうのです。
執着は時間のムダでもありますが、何より心のムダです。あなたの心はもっとほかのことに使いましょう。
まとめると、
執着すると視野が狭くなり、他に助けてくれる人がいることや、新しい出会い、チャンスなどに気づきにくくなります。「助けて!」と言う機会(=依存する機会)を逃しやすいということです。
そして、一方通行の執着はお互いの関係のバランスを崩し、一方的に「重い」状態になります。
それでは関係改善は望めません。疎まれるだけですし、何より心と時間がもったいない。
執着を脱するにはどうすれば良いか?
今回は失恋をベースに話をしていますので、できるなら「対話によって納得する」のが一番の近道です。
しかし、失恋というのは本当に厄介で、こちらがどれだけ「せめて話だけでも」と思っても、相手にその気はないのです。
相手は別れを告げた時点で全て終わったと思っています。ここに失恋の難しさがあります。
これがまた絶望を生みます。「話もしてくれないほど嫌われたんだ…」となってしまうのです。
だから恋愛関係の執着は危険です。私は失恋で自殺しかけましたので、本当に心を正しく持ちましょう。
ですから、自分の内面と向き合う方向で執着を手放していきましょう。
いくつか解説します。
気づきを紙に書き出す
自分が何に執着しているのか、とりあえず紙に書き出しましょう。
あの人がいないとどうなりますか?仕事を失ったり、明日から食べるものに困ったりしますか?
実はそんなに変わりません。隣にあの人がいるかどうかしか違いません。
まぁ、そこが一番辛いところでもあるのですが…。
覚えておいてほしいですが、失恋で物理的に失うものは何もありません。
家を追い出されたり、何かを奪われることはありません。
ですから、執着によって何を得ていたか?に気づくことが大切です。
「一緒にいることで安心していた」とか、「料理が抜群に上手かった」とか、そういう気づきです。
自分に問いかける
次の3つの質問を自分にしましょう。
- なぜその人を手放すのが怖いのか?
- その人と一緒にいることで得られるものは何か?
- その人と一緒にいない私は、本当に無価値な人間か?
今まで得られていた安心感がなくなるのが怖いとか、昨日までと違う生活になるのが怖いとか、
色々思いつくと思います。でもそれは、命に係わるようなことではありません。
そして、恋人がいようがいまいが、何かに執着しようがしまいが、あなたの魅力は損なわれません。
人間は生きているだけで偉いし、あなたはもっと褒められて良いし、素晴らしい人物です。
時間の流れに任せる
失恋の痛みを消すのは、遠回りなようで時間に任せるのが一番近道です。
寝ても覚めても頭から離れなかった人が、1週間経ち2週間経ち…1ヶ月もすると思い出すことも減ります。
たまに思い出すと、「なんか久々に思い出したな…元気かな…」と少しセンチな気持ちになります。
が、それだけです。それで終わりですので、安心してください。
特にアクションも必要とせず、日々を今まで通り過ごすだけですので簡単にできます。
手放すためのアクションを取る
これができるところまでこれば、たぶん執着も手放せます。
思い出の品、連絡先、メールやLINEの履歴、全部消しましょう。
こちらから連絡はしない。万が一連絡が来たら返しても良いけど、最低限にする。
最初は本当に辛いですが、これを乗り越えれば、あなたは執着から解放されます。
思い出の品やプレゼントされたものを処分するのは辛いでしょう。でも、捨ててください。
どうせ何の役にも立ちません。見ると思い出して辛くなるだけです。
連絡先やLINE、消してください。あると連絡したくなってしまうからです。
連絡しても返事は来ません。私がそうだったのでよくわかります。返事が来ないと余計辛くなります。
最後に
今回は「失恋した相手を忘れられず執着している」という体で話を進めました。
執着は自立の助けにならず、自立を前提とした依存とは根本的に異なるんでしたね。
依存は外向きで対象を変更できるのに対し、執着は内向きで対象の変更ができません。
心の自由度が全く違うため、執着は依存の助けにならず、すればするほど苦しくなります。
執着から抜け出すための方法もいくつか紹介しました。
できることできないこと、色々あると思いますが、私のオススメは「時間に任せる」です。
この記事があなたの助けになりますように。
あなたの隣に、おせっかいなやつら──秘密結社リトルダンサーより🌟